『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』──アニメファンの外側へ届く、ターゲット別プロモーション戦略

概要
2025年10月22日時点で興行収入が65億円を突破し、国内外で爆発的ヒットを記録している劇場版『チェンソーマン レゼ篇』。
今回は劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のプロモーション施策を「作品ファン」「映画ファン/サブカル層」「ライト層」という3つのターゲット別に整理し、それぞれの層にどのようなアプローチが行われたのかを、自称”アニメオタクプランナー”が分析していきます。
目次
- はじめに
- 1. 作品ファン層に向けた”鑑賞の動機”づくり
- 入場特典の段階的配布
- 感想投稿キャンペーン
- 各種コラボレーション・グッズ展開
- 2. 映画・音楽・マンガなどのカルチャー層に向けた“多面的なアプローチ”
- メディアを軸とした深掘りコンテンツ
- クリエイター対談によるカルチャー層への訴求
- 3. マス層に広げるための“認知の拡張と作品への入口づくり”
- 音楽・街・広告を通じた認知施策
- ライト層への導入設計
- おわりに
はじめに
アニメ映画の世界躍進
2025年7月に公開され、世界興行収入が1,000億円を突破するなど『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は、日本のアニメ映画として世界で大きな存在感を示しています。
それに続き、9月19日に公開された『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』も、公開から5週連続で興行収入1位を獲得、65億円を突破する大ヒットを記録し、特に人気の高い北米をはじめとする世界でのヒットが期待されています。
私も公開当日に鑑賞し、映画の前半ではレゼ役の上田麗奈さんの演技に引き込まれ、後半は原作の魅力を120%に引き出すという強い制作陣の意思が伝わってくるようなアクションシーンに圧倒されてきました。
『チェンソーマン』について

『チェンソーマン』は、藤本タツキ先生によって2019年から『週刊少年ジャンプ』で第1部「公安編」が連載され、2022年からは『少年ジャンプ+』にて第2部「学園編」が続いており、シリーズ累計発行部数は3,000万部を突破する大人気マンガ作品です。
物語は、チェンソーの悪魔の力を手に入れた少年デンジが、公安のデビルハンターとして生きる姿を描いたダークファンタジーで、過激なアクションと大胆な構図などの視覚的な魅力と、デビルハンターや悪魔、魔人など、個性的なキャラクター性も相まって国内外で強固なファンダムを築き上げました。
そして今回の映画『レゼ篇』は、アニメ第1期の物語の続きで、デンジが偶然出会った少女・レゼとの関係を深めていく青春物語的な要素と、劇場版でパワーアップした派手なアクションが魅力となっています。
映画のヒットを支えた多層的プロモーション戦略
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のプロモーションでは、「誰に」「どの文脈で」届けるかが設計され、公開前から公開後まで、途切れることなく常に様々なコンテンツが公開されていきます。
既存のファン層を再び熱狂させながら、映画や音楽などのカルチャーに親和性のある層、そして周囲からの評判や盛り上がっている映画を観に行くライト層といった新たな層を巻き込むことで、作品ファンに閉じなかったことで大きなヒットに繋がったと考えられます。
ここからは、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のプロモーション施策を「作品ファン」「映画ファン/サブカル層」「ライト層」という3つのターゲット別に整理し、それぞれの層にどのようなアプローチが行われたのかを分析していきます。
1. 作品ファン層に向けた”鑑賞の動機”づくり
まず、確実に抑えておきたいのはアニメ・原作ファンの鑑賞意欲を上げる施策です。
劇場版の公開にあわせては、既存ファンの熱量を途切れさせず、継続的な話題化を生み出すための仕掛けが展開されました。
入場特典の段階的配布

アニメ映画では定番となっていますが、本作でも入場特典が段階的に配布されました。
第1弾ではカバーイラスト付き小冊子、第2弾ではレゼとデンジのミニ色紙風カード、第3弾ではビジュアルカードと、藤本タツキ先生描き下ろしの特典を期間を区切って展開することで、作品ファン層の初速をあげながらリピートでの鑑賞を促しています。
感想投稿キャンペーン

公開直後から、X(旧Twitter)上での感想投稿を促すキャンペーンを実施もしています。
前半の青春パートでの”エモさ”や、後半の劇場版になってより迫力のある圧倒的なアクションシーンなど、それぞれの見どころを投稿してもらうことにより、特に初週に鑑賞する熱量の高いファンの生の声を可視化することで、SNS上での口コミが翌週以降の動員にも影響を与えたと考えられます。
各種コラボレーション・グッズ展開

公開時期にあわせて、JINSとのコラボメガネ、MANGART BEAMSとのアパレルコラボ、インパクト抜群のポップコーンボックスをはじめとした劇場限定グッズ販売など、作品世界を日常に取り込める商品展開が多数行われました。コラボグッズも、作品ファンからの自然発生的なSNSへの投稿を促す役割を果たしています。
これらの施策は、いずれもファンに「映画を観る」だけでなく「映画の熱に関わり続ける」体験を提供し、発話を促すポイントがいくつも事前に用意されていました。
2. 映画・音楽・マンガなどのカルチャー層に向けた“多面的なアプローチ”
作品ファンとは異なるインサイトで親和性の高いターゲット層として、映画ファンや音楽ファン、さらにはマンガやアートなどのカルチャー領域に関心を持つ層に向けても様々な切り口でプロモーションのコンテンツが展開されています。
本作では、一般的なアニメの宣伝の枠を越え、カルチャー的な視点やコンテンツでの展開が多くされていたことも特徴的でした。
メディアを軸とした深掘りコンテンツ

『リアルサウンド』『メンズノンノ』『マイナビニュース』などのWEB媒体や映画誌、カルチャー系のメディア『ナタリー』ではタイアップの特集ページが作られるなど、多角的な記事展開が行われました。
監督や制作サイド、声優などのインタビューや、「サメ映画」「悪魔表現」「ファム・ファタール」など、様々な映画やカルチャーへのオマージュなどがあふれるチェンソーマンの作品の特性にあった深堀りコンテンツが展開されています。
単なる紹介記事にとどまらず、映画としての批評性にも耐えうる深さのある作品であることを訴求しています。
クリエイター対談によるカルチャー層への訴求
さらに、映画公開に合わせて複数のクリエイター対談企画が行われています。
これらの対談はいずれも、異なる分野の第一線のクリエイターが『チェンソーマン』という映画作品を媒介に語り合う形式で、瞬間的な接触となる広告を補完する長尺でのコンテンツとなっています。
原作者 藤本タツキ × 主題歌 米津玄師 対談
同世代でマンガと音楽でそれぞれ第一線で活躍する2人による初対面対談のコンテンツでは、ここでしか聞けないお互いの印象や作品にまつわる話が展開され、原作・アニメファンを中心に186万再生という大きな反響を呼びました。
米津玄師 × 宇多田ヒカル – JANE DOE対談
エンディング・テーマである「JANE DOE」でデュエットをした米津玄師と宇多田ヒカルの対談では、お互いの音楽性における共通点と相違点など、「音楽」を軸とした内容で、各アーティストのファンや音楽ファンに訴求しています。
原作担当編集 林士平 × 「8番出口」監督・脚本 川村元気 初対談

ナタリーの特集の中で、編集者と映画プロデューサーという異なる立場から、同時期に公開されている劇場版「チェンソーマン レゼ篇」と「8番出口」について語り合う対談記事が公開されました。2つの映画作品についてやクリエイターとしての仕事への向き合い方など、映画、カルチャー層向けの対談内容となっています。
このように、作品をフックに、様々な媒体や切り口でのコンテンツを展開することで、一般的なアニメ映画の枠を超えた作品の質を訴求しています。
映画をきっかけに話題が波及するよう設計され、 アニメ、音楽、マンガ、映画という異なるカルチャーをつなぐ“ハブ”として、 『チェンソーマン レゼ篇』が多面的に語られています。
3. マス層に広げるための“認知の拡張と作品への入口づくり”
アニメファンやカルチャー層のさらに外側にいるマス層に向けては、『チェンソーマン レゼ篇』という作品を“知ってもらうこと”とアニメシリーズの続編であるという”鑑賞のハードル”を下げることもプロモーションの戦略として設計されています。
音楽・街・広告を通じた認知施策
映画の存在を広く伝えるために、街頭や音楽といった日常の接点を活かした施策が展開されました。

まず注目を集めたのが、米津玄師による主題歌「IRIS OUT」の配信です。
映画の公開直前から楽曲が各音楽プラットフォームで配信され、 「KICK BACK」以来となる米津玄師による楽曲はリリース4週目で史上最速でストリーミング1億再生を突破するなど、大きな話題となりました。
さらに、エンディングテーマとして発表された「JANE DOE」では、米津玄師と宇多田ヒカルによるデュエットが実現し、その異例の組み合わせがニュースとして取り上げられ、映画を超えた音楽トピックとしての注目も集めました。

また、デジタル広告に加えて、街頭ではアドトラックやサンプリングイベント、京都では市営地下鉄とのコラボレーションなど、リアルでのプロモーションも掛け合わせることで、広くアニメファン以外の人々が“偶発的に作品を見かける瞬間”を生み出し、作品の認知を広げる施策となっています。
ライト層への導入設計
さらに、アニメシリーズの続きであることから鑑賞のハードルが上がってしまうライト層に対しては、作品への導入も丁寧に用意されていました。
総集編・振り返り動画によるストーリー導入

アニメを未視聴でも物語を理解できるよう、公式YouTubeチャンネルでは「10分で振り返るアニメ『チェンソーマン』」というダイジェスト動画が公開されました。
また、アニメ全12話を約3時間半に編集し、一部の演出や吹き替えなどが新録された「チェンソーマン総集篇」も各種動画サイトで配信されると、原作ファンを中心に映画への期待のコメントが多く発話され、アニメを追っていなかったライト層にも「今から観ても遅くない」という安心感を与える導線設計がされていました。
青春映画としての訴求

もうひとつのライト層向けのアプローチとして、“チェンソーマン=バトルアクション”という印象を再定義することがありました。
特に公開前から公開直後の宣伝ビジュアルや予告編では、アクションよりもデンジとレゼの関係性を中心に描き、 “切なく美しい青春映画”としてのトーンが強調されています。
夏祭りや夜の誰もいない学校、プールといった要素を強調することで、世代や性別を問わず幅広い層が共感できる「恋」や「喪失感」といった感情にフォーカスをあてた訴求をしています。
おわりに
このように『チェンソーマン レゼ篇』の成功は、単純なアニメシリーズの劇場版という宣伝ではなく、ファンベースを起点にした多層的なマーケティング戦略によって生まれた結果でした。
ファン層には参加・共有を促す設計、カルチャー層には共感・批評性の文脈、マス層にはエモさや話題感、総集編などの導線を用意することで、各層が自然に作品と接点を持てる構造が整えられていました。
高いクオリティの作品とコアなファンを中心に、それらを取り巻く様々なコンテンツやターゲット層を巻き込みながら、チェンソーマンというIPのファンダムを外側に拡張していくプロモーションによって、予想を超えるヒットに繋がった好例といえるでしょう。
フラッグでは、映画やアニメ、ゲームをはじめとしたエンタメの実績が豊富にあります。
熱量をもったエンタメや推しが好きなプランナー、マーケター、クリエイターが、作品の魅力や熱をファン目線で伝えるデジタルマーケティング施策の設計を全力でサポートしますのでぜひご相談ください!
ライター
蛯谷 颯一郎
グロース戦略室 デジタルマーケティングプランナー
前職のPR会社でのSNSプランナーを経て、フラッグにてクライアントのデジタルマーケティングの戦略設計やプロモーション施策をオンライン、オフラインを横断した統合的な企画を担当。
特に映画や漫画、アニメ、ゲームなどのエンタメ領域の知見を活かした企画を得意とする。